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東京地方裁判所 平成6年(刑わ)1634号 判決 1995年12月26日

主文

1  被告人を判示第一ないし第三の各罪について懲役五年六か月に、判示第四ないし第六の各罪について懲役二年六か月に処する。

2  未決勾留日数中三三〇日を判示第一ないし第三の各罪の刑に、四〇日を判示第四ないし第六の各罪の刑にそれぞれ算入する。

3  覚せい剤一袋(平成六年押第一一八五号の1)を没収する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、

第一  東京都江東区《番地略》所在(平成四年一一月二三日までの所在地は同区《番地略》甲野ビル二階)の乙山信用組合門前仲町支店の自己名義等の預金口座に、偽の札束を現金と偽って入金し、同信用組合から預金名下に財産上不法の利益を得ようと企て、別表一記載のとおり、平成四年一一月一九日ころから平成五年一月一三日ころまでの間、七回にわたり、いずれも同区《番地略》丙川館七〇一号室の当時の被告人方において、同支店の副長であったBらに対し、一万円紙幣大の紙片の束の上下を真券の一万円紙幣で挟んで帯封で縛るなどして作った偽の札束を、真券の一万円紙幣の札束であるかのように装って、手提げ金庫等に入れて預けたうえ、同表「欺罔態様」欄記載のとおり申し向けるなどして、あらかじめ同支店に開設していたA名義及びC名義の各普通預金口座に預金として入金する旨申込み、Bらを、右偽の札束がいずれも真券の一万円紙幣の札束であり、入金申込金額どおりの現金を預かり受けたものと誤信させ、よって、その都度、同支店(別表一番号1の際は、前記の同区《番地略》甲野ビル二階所在の当時の同支店)において、Bらに、右各預金口座に各申込金額どおり合計五億八八〇〇万円を預金として入金処理させて引き出し可能な状態とさせ、もって、同額相当の財産上不法の利益を得た。

第二  前記Bと共謀のうえ、別表二記載のとおり、同年一月二〇日から同年三月九日までの間、七回にわたり、いずれも前記乙山信用組合門前仲町支店において、Bが、実際には、同表「入金額」欄に記載された各金額の入金の事実がないのに、情を知らない同支店係員D子らに命じて、同支店に設置されたオンラインシステムの端末機を操作させ、同区乙山システムビル所在の同信用組合システム本部情報システム部に設置され、同信用組合の預金残高管理、受入れ、払戻し等の事務処理に使用されている電子計算機に、前記A名義及びC名義の各普通預金口座に同表「入金額」欄に記載された各金額の入金の事実があったとする虚偽の情報を与え、右電子計算機に接続されている磁気ディスクに記録された右各口座の預金残高が、右入金額を加算した同表「入金後の預金残高」欄記載の金額であるとする財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録を作り、もって、合計一三億九〇〇〇万円相当の財産上不法の利益を得た。

第三  前記B及び被告人の秘書であったCと共謀のうえ、別表三記載のとおり、同年二月四日及び同月一〇日の二回にわたり、いずれも前記門前仲町支店において、Bが、実際には、同表「入金額」欄に記載された各金額の入金の事実がないのに、情を知らない前記D子に命じて、前記端末機を操作させ、前記電子計算機に、前記A及びC名義の各普通預金口座に同表「入金額」欄に記載された各金額の入金の事実があったとする虚偽の情報を与え、前記磁気ディスクに記録された右各口座の預金残高が、右入金額を加算した同表「入金後の預金残高」欄記載の金額であるとする財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録を作り、もって、合計九億八〇〇〇万円相当の財産上不法の利益を得た。

第四  E子及びその実母F子から、融資金名下に金員を騙し取ろうと企て、

一  同年七月下旬ころ、東京都調布市《番地略》のE子方において、E子及びF子に対し、前記第一と同様にして作った偽の一〇〇〇万円の札束七個をアタッシュケースに入れ、「税金を申告していないから表に出して使えないので、預かってくれないか。」などと言って、右偽の札束が真券の現金七〇〇〇万円であり、自分には多額の財産及び十分な返済資力があるかのように装って、これを預けたうえ、同月末ころ、E子方に電話し、E子に対し、「仕事の支払で大至急必要だから、八月三日に一五一〇万円を貸してくれない。」などと申し向け、E子らを、現金七〇〇〇万円を預かっていることから確実に返済を受けられるものと誤信させ、よって、同年八月三日ころ、同市《番地略》所在の株式会社丁原銀行調布支店において、E子から現金一五一〇万円の交付を受けて、これを騙し取った。

二  同年八月三〇日ころ、前記E子方において、E子及びF子に対し、前記一の偽の一〇〇〇万円の札束七個に、同様にして作った偽の一〇〇〇万円の札束一七個を加えてジュラルミンケースに入れ、「申告していないお金だから預かって欲しい。」などと言って、前記一と同様に装って、これを預けたうえ、同年九月一日ころ、東京都品川区《番地略》戊田タワー一五〇七号室の当時の被告人方において、E子に対し、「仕事で至急必要なんだけど、この前、一五一〇万円を借りたから、合計三〇〇〇万円ということで、あと一四九〇万円を貸してほしい。」などと申し向け、E子らを、現金二億四〇〇〇万円を預かっていることから確実に返済を受けられるものと誤信させ、よって、同月二日、E子に、前記丁原銀行調布支店から、東京都品川区《番地略》所在のシティバンク・甲田天王洲支店のA名義の普通預金口座に一四九〇万円を振込送金させて、これを騙し取った。

三  同月中旬ころ、前記戊田タワー一五〇七号室の当時の被告人方において、前記のとおり誤信しているE子に対し、「一〇億円を円相場で儲けたけど、儲けた一〇億円は、申告したくない金なんだ。一〇億円は他のことで使う予定だったから、その分をカバーしなくてはならない。そのためには一〇億円が必要だから、E子さんの三億円を貸して欲しい。E子さんに預けてある二億四〇〇〇万円は、もし、私に何かあって返せないときは、このお金を返済に充ててもいいし、いつでも開けて使っていいから。二〇日から毎日一〇〇〇万円ずつ振り込んでほしい。」などと申し向け、E子らを、前記二と同様に誤信させ、よって、別表四記載のとおり、同月二一日から同年一一月一日までの間、二八回にわたり、E子に、前記丁原銀行調布支店及び東京都新宿区《番地略》所在の株式会社乙野銀行新宿西口支店から、前記シティバンク・甲田天王洲支店のA名義の普通預金口座に合計二億七八〇〇万円を振込送金させて、これを騙し取った。

第五  法定の除外事由がないのに、平成六年四月二二日ころ、東京都世田谷区成城四丁目五番二五号付近路上に駐車した普通乗用自動車内において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン約〇・〇一グラムをアルミホイル上で加熱して昇華させ、ストローを使用して口から吸引して、覚せい剤を使用した。

第六  みだりに、同月二二日、東京都品川区《番地略》戊田タワー一四〇五号室の当時の被告人方において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶一・八一一グラム(平成六年押第一一八五号の1はその鑑定残量)を所持した。

(証拠)《略》

第一  被告人及び弁護人の主張

一  乙山信用組合関係

1 被告人は、公判廷で、平成五年三月四日までは、自分は、Bは偽の札束であることに気付いていないと思っていたと述べて、判示第二別表二番号1ないし4の各事実及び判示第三の各事実についてBとの共謀を否認し、弁護人も同様に、右各事実については、被告人とBとの共謀はなく、Bの単独犯行であって、被告人は無罪であると主張している。

2 また、弁護人は、判示第一ないし第三の各事実について、真券を交付した部分については詐欺罪及び電子計算機使用詐欺罪は成立せず、その限度で被告人は無罪であるなどと主張している。

二  E子関係

被告人は、判示第四の三の事実について、金員を騙し取ったことは認めているものの、一〇億円を円相場で儲けたという話と三億円を貸して欲しいという話は同じ機会に話したものではないとして、欺罔文言の一部を否認する主張をしている。

第二  当裁判所の判断

以下に掲げる証拠の括弧内の番号のうち、「甲」及び「乙」は証拠等関係カード記載の検察官請求番号を、「弁」は同記載の弁護人請求番号をそれぞれ示す。

一  乙山信用組合関係

1 Bとの共謀について

共謀についての主要な争点は、平成五年一月二〇日の被告人方における被告人及びBの言動、Bがその帰りに一〇〇〇万円の札束様の紙の束を目撃したことの有無並びに当時の被告人及びBの認識である。そして、この点に関する主な証拠として、Bの供述(証言及び検察官調書〔乙27、28、29。乙27、28は不同意部分を除く。〕)、被告人の検察官調書(乙20)及び公判廷供述があるので、これらの供述の信用性等について検討する。

(一) Bの供述の検討

(1) 供述の要旨

Bの前記供述によれば、Bは、概ね、次のように供述している。

<1> 平成五年一月二〇日に、被告人方に赴いて集金をしたが、このころ、支店長からジュラルミンケースの鍵の保管について言われていたことから、被告人から鍵を預かろうと思った。そこで、この日、被告人に「支店長からも言われているので、鍵を預からせて欲しい。」と言ったところ、被告人は「B君、分かってるんじゃないの。」と言った。何のことか分からず、「何のことですか。」と聞くと、被告人は「別に何でもない。」と言った。

被告人方の和室でジュラルミンケースを預かり、玄関に向かう途中、左側の部屋のドアが半開きになっており、覗いたところ、部屋の床上に帯封が巻かれた一〇〇〇万円の札束のようなものが転がっているのが見え、こんな所に置くとは物騒だなと思いながらよく見ると、それは、一〇〇〇万円の札束と同じくらいの大きさ、厚さの紙の束であった。

この紙の束を見たことや、これまで被告人から札束を預かる際に、帯封を解かず、現金であることを確認していなかったこと、ジュラルミンケースに入れて預かり、その鍵は被告人が保管していたことなどから、これまで集金してきたものは、紙の束の上下を真券で挟んで作った偽の札束であろうと思った。また、「分かってるんじゃないの。」という被告人の言葉も、集金していたものが偽の札束であることを自分が知っているのではないかと聞いたものと思った。

しかし、現金を確認しなかった杜撰さを支店長に告白する勇気が持てず、また、被告人から接待を受けており、以前から偽の札束であることを知っていたのではないかと疑われると思ったことなどから、発覚を恐れて、被告人が偽の札束を回収することに一縷の望みを賭け、気付かなかった振りをすることとし、支店係員に指示して入金処理をさせた。

また、被告人から預かった鍵を使用してジュラルミンケースの中身を確認することはしていないが、それは、偽の札束であることが明確になるのが怖かったからである。

<2> その後も、被告人から預かるものは偽の札束であろうと思いながら、入金処理を指示することを続けた。被告人から預かったジュラルミンケースの鍵も、支店長が開けて偽の札束であることが露見しないように、支店には置かずに持ち歩いていた。

同年三月四日には、被告人から、後で入金するから、とりあえず入金して振込をしてくれと言われて、どうせ偽の札束を入金するのだろうと思ったが、振込分の入金処理を指示し、その後、被告人から米袋の入ったジュラルミンケースを預かって支店に持ち帰り、翌日以降、残余分の入金処理をさせた。

(2) 信用性の検討

<1> 右のようなBの供述のうち、まず、一月二〇日に被告人からジュラルミンケースの鍵を預かった際のやりとりについての供述及びその日に被告人方で紙の束を目撃した旨の供述は、いずれも具体的かつ自然であり、反対尋問にも一貫して供述しているうえ、Bは、この日の夕方、乙山信用組合本部での会議に出席したが、被告人方で紙の束を目撃したことから、会議は上の空で、また、本来であれば、同月一三日から一七日に職場の友人らと一緒に行ったサイパン旅行の思い出話をするはずなのに、旅行の思い出話を楽しむような気持ちにはなれなかった旨、体験した者ならではの迫真性のある供述をしている。

そして、Bは、当初は、被告人に騙されて入金処理を指示していたものであり、このようなBの立場からすると、一月二〇日に、偽の札束であろうと認識したが、被告人の依頼に応じて入金処理を継続した旨の供述は、自己に不利益な内容であって、あえて虚偽の供述をしなければならない理由は認められないことからしても、右のような認識に至った根拠として挙げるところの、ジュラルミンケースの鍵を預かった際の被告人とのやりとり及び被告人方で紙の束を目撃したことについてのBの供述は信用することができる。

<2> 次に、一月二〇日に、被告人から預かったものが偽の札束であろうと思った旨の供述についても、それがBにとって不利益な内容であり、虚偽の供述でないと認められることは前記のとおりであるばかりか、Bがそのように思った根拠として供述するところは、この日の被告人とのやりとりや被告人方で紙の束を目撃したことのほか、前掲の関係各証拠によって争いなく認められるところの、Bは束をめくるなどして現金であることを確認せずに預かり、その束を入れたジュラルミンケース等は施錠されており、その鍵を被告人が持っていたことなどの事実に照らして合理的なものであるうえ、Bは、被告人からジュラルミンケースの鍵を預かった後も、この鍵を支店に置かずに持ち歩いていたこと、平成五年三月四日には、札束の受入のない段階で入金処理を指示していることに加え、Cの証言によれば、被告人が米袋入りのジュラルミンケースを預けた際も、Bは特段難色を示すことなく、これを持ち帰っていることなど、偽の札束であることを認識していたことを推認させる行動をとっていることに照らし、信用することができる。

さらに、Bが供述する、ジュラルミンケースの鍵を預かった後に中身を確認しなかった理由についても、当時のBの置かれた状況に照らして十分首肯しうるし、またBは、支店長に報告せず、気付かなかった振りをして入金処理を継続した理由について、支店副長という立場にありながら、金融機関職員の業務の基本である現金の確認を怠った杜撰さを支店長に告白する勇気が持てず、支店長が自分と同い年で、中途入社であるのに、自分の上司となっていることに不満があり、支店長を仕事の上で見返してやろうと思っていたことからも報告できなかったし、被告人から現金を貰い、接待を受けるなど、金融機関職員として許されないことをしており、仮に報告したとしても、もっと以前から偽の札束と知っていたのではないかと疑われるに違いないとも思って、報告しなかった旨、当時の心境について具体的な供述をしており、この点も十分信用できる。

以上からすれば、一月二〇日に、被告人から預かったものが偽の札束であろうと思うに至ったが、気付かなかった振りをして入金処理を継続した旨のBの供述は信用することができる。

<3> これに対して、弁護人は、

ア Bの供述を前提とすれば、Bが目撃した紙の束は、洋紙店から一万円紙幣大に断裁されて納品された紙の束と考えられるが、被告人の供述によれば、納品時、紙の束は、幅約一〇センチメートルのユポないしワンプと呼ばれる別の紙が巻かれ、ガムテープで止められていたのであり、幅約三、四センチメートルの帯封で巻かれていたとのBの供述とは大きな開きがあることなどから、紙の束を目撃したとのBの供述は信用できない。

イ ジュラルミンケースの鍵を預かった後も、Bはジュラルミンケースの中身を確認したり、被告人に対して偽の札束であることに気付いたような素振りをしていないことなどからして、Bが偽の札束であることを認識した事実はない

などと主張している。

しかしながら、まず、アについては、Bが、あえて、紙の束を目撃したと虚偽の供述をしなければならない理由が認められないことは前記のとおりであるうえ、Bは、帰りがけに、半開きのドアの隙間から部屋の中の紙の束を目撃したにすぎず、紙の束を目撃した瞬間に、被告人が偽の札束を作っているのかもしれないと思った旨述べていることからすると、目撃したものが紙の束であることに意識が集中し、帯封の幅について正確に記憶していなかったとしても不自然ではないといえ、帯封の幅についてのBの供述が被告人の供述と食い違うとしても、このことをもって、紙の束を目撃した旨のBの供述が信用できないということはできず、その他、弁護人が主張するところも、右B供述の信用性に疑いを入れるものではない。

また、イについても、ジュラルミンケースの中身を確認しなかったことや、偽の札束であろうと思いながらも、発覚を恐れて、気付かなかった振りをすることとした旨のBの供述が合理的で信用できることは前記のとおりであり、このように考えたBが被告人との関係でも気付いたような素振りをしていないことは、むしろ自然であるといえる。

したがって、弁護人の前記主張は、いずれも採用できない。

(二) 被告人の捜査段階の供述の検討

(1) 供述の要旨

被告人は、乙20の検察官調書において、概ね、以下のとおり供述している。

<1> 平成五年一月二〇日、Bに、偽の札束を預けて入金処理を依頼した際、Bから、ジュラルミンケースの鍵を預かりたいと言われ、Bが偽札束のことで何か気付いたのかと思ったが、拒否するとかえって不審がられると思い、鍵を渡した。

鍵を渡した以上、Bがジュラルミンケースを開けて中身を見て、偽の札束であることがばれてしまうかもしれないと思ったが、Bとは仕事以外の感情で結ばれており、Bとしても、既に預金の払戻により、乙山信用組合に莫大な損害を与えており、一人ではとても補填できないから、Bが偽の札束であることを知ったとしても、これを公にして自分の責任を追及されるよりは、私が何とか偽の札束を回収することにより発覚を阻止することに賭け、依頼に応じて嘘の入金処理をしてくれるだろうと思った。

Bに鍵を渡すころ、Bに「B君、分かってんだろうね。」と言った。自分としては、ジュラルミンケース等の中身は流通させられない金だから、開けても無駄だよという意味で言ったつもりだったが、Bは意味が分からなかったようで、「え、何ですか。」と言ってきた。念押しをしたら、かえって不審に思われると考え、また、Bが偽の札束であることを知ったとしても、入金依頼に応じてくれるだろうと思っていたので、それ以上の説明をする必要はないと考え、「いや、何でもない。」と言った。

<2> 一月二〇日にBに入金処理をしてもらった以降も、Bにジュラルミンケースの鍵を渡した以上、Bがジュラルミンケースを開け、偽の札束であることを知っている可能性があると思っていたが、右と同様に、Bがこれを知ったとしても、嘘の入金処理をしてくれると思い、Bに偽の札束を預けて入金処理をしてもらうということを繰り返した。

同年三月四日に、偽の札束すら準備することなく、入金処理を依頼した際も、Bは、それまでも偽の札束であることを知っていたためか、驚いたり難色を示したりすることなく、「ジュラルミンケースに現金が入る分だけ何かを入れてくれれば、僕が入金扱いしますから。」と言って、依頼を承諾してくれ、その後、米袋入りのジュラルミンケースを預けた際も、Bは「大丈夫です。」と言って、これを持ち帰った。

(2) 証拠能力及び信用性の検討

<1> 弁護人は、乙20の検察官調書について、本来、被告人がBに言った言葉は、「そのかわり、分かっているよね。決して流通させたりしたら駄目だよ。」である(弁32参照)のに、「B君、分かってんだろうね。」と縮小して、共謀を推認させる発言とし、また、三月四日の件についても、被告人がBに、現金を引越のトラックの一番前に積んでしまったので、引越が済んだら間違いなく入金するからと言って入金処理を依頼した旨供述されていた(乙48参照)のを、かかる供述を消去して、Bが偽の札束であることを知っていたためか入金処理に応じてくれた旨の供述を付加するなど、偏向的な供述記載がされていることなどからすると、検察官が、被告人からの訂正の申立に応じなかった可能性が十分あり、また、被告人が、長大な一通の供述調書を、原稿段階も含めて二度にわたって閲読するように求められたことをも考慮すると、被告人が乙20の記載内容について十分な確認を怠ったとしても不自然とはいえないことからすれば、前記(1)の供述部分については、実質的に、被告人の署名指印のない供述調書と同視すべきであり、その証拠能力は認められない旨主張する。

そして、被告人も、公判廷において、乙20の原稿(乙53)を閲読した際、ジュラルミンケースの鍵の授受の際のBとのやりとりや、偽の札束についてのBの認識に関する部分について、検察官に訂正を申し立て、その部分は訂正されていると思い、印刷し直された乙20を閲読する際には十分確認せずに、署名指印をした旨、右弁護人の主張に沿う内容の供述をしている。

<2> 乙20の検察官調書の作成状況

被告人の公判廷供述、乙20及びその原稿(乙53)によれば、乙20は、パーソナルコンピューターで打ち出した原稿(乙53)を被告人が閲読して、鉛筆で誤字等について書き込みをし、それを訂正したうえで印刷し直して作成されたものと認められる。

そして、原稿(乙53)と乙20の記載内容を比較すると、乙20に印刷し直した段階で内容的に補充された部分はなく、また、原稿(乙53)に被告人が書き込みをした箇所は、誤字脱字にとどまらず、その記載内容についても指摘をしている箇所が認められる(乙53の一七頁一〇行目、三〇頁一行目、四五頁三行目)ところ、前記(1)の供述部分については、誤字を指摘した書き込みが認められるだけで(同九九頁八行目、一〇〇頁一〇行目、一一行目)、記載内容についての書き込みは認められない。

このことからすると、被告人は、前記(1)の供述部分についても、原稿(乙53)の記載内容を検討したうえで、訂正箇所を指摘したものと認められるところ、その箇所が右のとおり誤字のみであることからすれば、記載内容についての訂正の申し出はなかったものと推認される。

さらに、被告人は、当初、三月四日に米袋をジュラルミンケースに入れて預けるまでは、Bは真券と信じていたと思っていた旨供述していた(平成六年六月一七日付検察官調書、乙48)ものの、同年七月八日付検察官調書(乙51)以降は一貫して、Bに鍵を渡してからは、Bが偽の札束であることに気付く可能性があり、たとえ、Bが気付いたとしても、自分のミスの発覚を恐れて入金処理をしてくれるだろうと思った旨、乙20と同趣旨の供述をしていることをも考慮すると、訂正の申し立てをしたとする被告人の前記供述の信用性には疑問がある。

また、被告人は、書き込みはしていなくても、口頭では訂正を申し入れたけれども、印刷し直された調書(乙20)を閲読する際に十分に確認しなかった旨供述しているが、仮にそうであるとしても、自分の言い分と食い違い、かつ、検察官と押し問答にもなった記載内容(被告人は、公判廷で、鍵の授受の際のやりとり及びBの認識について、検察官と押し問答になった旨述べている。)について、訂正を申し入れたのに、十分確認しなかったというのは、不自然かつ不合理である。

以上によれば、鍵の授受の際のやりとり及びBの認識について、検察官に訂正を申し入れ、訂正されたと思って、十分に確認しないまま、印刷し直された調書に署名指印した旨の被告人の公判廷供述は信用することができず、前記のような乙20の作成状況からすれば、被告人は、前記(1)の供述部分も含め、乙20の記載内容を了解して署名指印したものとはいえ、弁護人の前記主張は理由がない。

<3> 次に、乙20における供述の信用性について検討するに、その内容は、前記一月二〇日及び三月四日のBとのやりとりの状況を含め、前記のとおり信用できるBの供述と概ね合致している。そして、Bにジュラルミンケースの鍵を渡してからは、Bがケースを開けて、中身が偽の札束であることがばれてしまうかもしれないと思ったが、Bがこのことを知ったとしても、責任回避などのため、入金処理をしてくれるだろうと思っていた旨の供述も、被告人は、Bから、支店長から言われているので、ジュラルミンケースの鍵を預からせて欲しいと言われて、鍵を渡したものであって、かかる状況で鍵を渡せば、Bがケースを開ける可能性があると思うのが自然であり、かつ、それまでの取引状況が、短期間に巨額の札束を、現金の確認をせず、施錠されたジュラルミンケース等に入れて預かり、預金として入金処理をするという異常なものであることからすれば、Bが真相を知ったとしても、責任回避のために、気付かなかった振りをして入金処理をすることも十分に考えられ、被告人がそのように思ったというのも合理的であるうえ、被告人は、右のように考えた理由として、Bとは、「ワンモアエモーション」や「アナザーエモーション」というような仕事以外の特別の感情で結ばれていたと思っていたこともある旨、被告人独自のものと認められる表現で供述している。

以上によれば、乙20における供述は、次に述べる部分を除き、基本的に信用することができるといえる。

被告人は、乙20において、「B君、分かってんだろうね。」という発言の意味について、ジュラルミンケース等の中身は流通させられない金だから、開けても無駄だという意味で言った旨供述しているが、右のような意味の発言であるとすれば、Bが「え、何のことですか。」と尋ねたのに対して、被告人としては、むしろ、流通させられない金であることを明確に答えるのが自然であるのに、被告人は「いや、何でもない。」と答えているのみであるうえ(Bの証言、乙20)、右発言は、それまで被告人が保管していたジュラルミンケースの鍵を、Bの依頼に応じて渡すという、新たな事態に直面した際の発言であり、前記のとおり、その際、被告人はBがケースを開ける可能性を認識していたとみるのが自然であり、かつ、被告人自身、乙20の他の箇所において、Bに偽の札束のことで何か気付かれたかと思って、このように言ったとも供述していることからすれば、被告人の「分かってんだろうね。」との言葉は、Bがケースの中身が偽の札束であることを知っているのではないかとの趣旨で質問したものとみるのが合理的であって、右発言の意味についての前記供述部分は信用できない。

(三) 被告人の公判廷供述の検討

(1) 供述の要旨

被告人の公判廷供述には変遷がみられるが、最終的には、概ね、以下のように供述している。

平成五年三月四日に米袋を入れたジュラルミンケースを預けたときまでは、自分は、Bは偽の札束であることに気付いていないと思っていた。

一月二〇日に、Bの依頼に応じて、ジュラルミンケースの鍵を渡した際も、Bは真券であると信じていると思っており、Bがケースを開けるだろうとは思わなかった。その際、自分は、Bに「そのかわり、分かっているよね。決して流通させたりしたら駄目だよ。」と言ったが、Bがケースの中身が偽の札束であることに気付いているのではないかという言い方はしていないし、Bが「え、何のことですか。」と言い、これに対して自分が「いや、何でもない。」と言ったというやりとりもなかった。

三月四日にジュラルミンケースを預ける前に入金処理を依頼した際も、自分が「引越のトラックの一番前に札束を積んでしまって出せない。引越が済んだら間違いなく入金するから。」と言って依頼したところ、Bはこれを信用して入金処理をしてくれたもので、この時も、偽の札束であることがBにばれているとは思わなかった。

(2) 信用性の検討

右のような被告人の公判廷供述は、一月二〇日のBとのやりとりについて、前記のとおり信用できるBの供述及び被告人自身の乙20における供述と矛盾しているばかりか、右やりとりに関する被告人の公判廷供述自体、当初は、Bに対し「分かってんだろう。」というような言葉は言っていない旨供述していながら、その後、被告人作成のノート(弁32)が証拠として取り調べられると、Bに「分かっているよね。決して流通させたりしたら駄目だよ。」と言ったと供述を変遷させていること、Bの認識についての部分も、乙20の供述と食い違っていることからして、信用することができない。

(四) 共謀の成否について

以上のとおり、信用できるBの供述及び被告人の検察官調書(乙20、ただし、前記信用できない部分を除く)によると、平成五年一月二〇日に、被告人は、ジュラルミンケースの鍵を預かりたい旨のBの申し出に応じて、Bがケースの中身について気付いている可能性もあると思い、「分かってるんじゃないの。」と言って、鍵をBに渡し、Bが偽の札束に気付いたとしても、依頼に応じて嘘の入金処理をしてくれるだろうと思いながら、Bに入金処理を依頼し、偽の札束が入ったジュラルミンケースをBに預けて持ち帰らせていること、他方、Bは、鍵の授受の際の被告人の言動や被告人方で紙の束を目撃したことなどから、被告人は、偽の札束を使って自分に入金処理を依頼しているのであろうと思いながら、真相が発覚して責任を追求されることを恐れ、被告人の依頼に応じて、支店係員に指示して虚偽の入金処理をさせていること、その後も、被告人及びBは、右と同様の認識で、入金処理の依頼及びこれに応じた入金処理を続けていた事実が認められる。

これによれば、被告人は、Bが真相に気付いても、偽の札束による入金処理を行うであろうと考えて、入金処理を依頼し、ジュラルミンケースを持ち帰らせているのであるから、これは虚偽の入金処理の黙示的な申込ということができ、一方、Bも、被告人が偽の札束を使って入金処理を依頼しているのであろうと思いながら入金処理をしたのであるから、これは被告人の右申込を承諾したものといえる。したがって、弁護人の主張するような、被告人とBとの間で明示ないし積極的な意思の連絡行為がないとしても、両者が虚偽の入金処理を黙示的に共謀したと認めることができる。

よって、被告人は、判示第二及び第三のいずれの事実についても、Bと共謀のうえ、電子計算機使用詐欺の犯行に及んだと認めた。

2 弁護人の法律上の主張について

(一) 弁護人は、判示第一ないし第三の各事実について、被告人が真券を交付した部分については、被欺罔者の錯誤ないし不実の電磁的記録の作出はなく、かつ、預金債権は可分債権であるから、真券部分に関する限り、財産上不法の利益の取得はなく、真券部分については詐欺罪ないし電子計算機使用詐欺罪は成立せず、その限りで被告人は無罪である旨主張している。

しかしながら、被告人は、前記のとおり、一万円紙幣大の紙片の束の上下を真券の一万円紙幣で挟んで帯封で縛るなどして作った偽の札束を、真券の札束として入金処理を依頼したものであり、真券部分を紙片部分と不可分一体のものとして犯行に及んだものと認められ、真券部分は不法に財産上の利益を取得するための手段として交付されたものにすぎないといえるから、入金処理額全額について詐欺罪ないし電子計算機使用詐欺罪が成立すると解すべきであり、弁護人の主張は採用できない。

(二) また、弁護人は、判示第一の事実についての公訴事実(平成六年七月二九日付け起訴状の公訴事実第一)は、預金債権の取得をもって財産上の利益の取得としているところ、預金債権は、要物契約たる消費貸借契約により成立するものであるから、現実に現金の授受が行われていない本件では、預金債権は成立せず、したがって、被告人が預金債権を取得したとする右訴因においては、被告人は無罪である旨主張しているが、判示のとおり、被告人がBらを欺罔して、判示金額を預金として入金処理させ、同額を引き出し可能な状態とさせたことが認められ、これが財産上不法の利益の取得に当たることは明らかであり、右公訴事実は、これをもって預金債権の取得と記載したものと解されるから、弁護人の無罪であるとの主張は採用できない。

二  E子関係

被告人は、一〇億円を円相場で儲けたという話と三億円を貸して欲しいという話は同じ機会に話したものではなく、E子が自分が事業に参加したいと言ってきたので、その資金として三億円を貸して欲しいと話したものである旨延べ、判示第四の三の事実についての欺罔文言を否定している。

しかしながら、E子は、警察官調書(甲2)において、判示の欺罔文言に沿う内容を具体的に供述しているうえ、その欺罔文言は、申告できない金を預かって欲しいと言って、偽の札束を現金と装ってE子に預け、仕事で必要なので金を貸して欲しいと言って金員を騙し取るという判示第四の一及び二の欺罔文言と同じ態様のものであること(被告人は、判示第四の一及び二の各欺罔文言を言ったことは認めている。)からして、E子の右供述は信用することができ、他方、被告人の右供述はこれと矛盾し、信用できないことから、判示のとおり認定した。

(確定裁判)

1  事実

平成五年三月三〇日東京地方裁判所で覚せい剤取締法違反、麻薬及び向精神薬取締法違反の罪により懲役二年(三年間執行猶予)に処せられ、この裁判は同年四月一四日確定した。

2  証拠

前科調書

(法令の適用)

罰条

判示第一別表一番号1ないし7の各行為について

いずれも平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下、「改正前の刑法」という。)二四六条二項

判示第二別表二番号1ないし7並びに判示第三別表三番号1及び2の各行為について

いずれも改正前の刑法六〇条、二四六条の二

判示第四の一ないし三の各行為について(判示第四の三については別表四の各行為を包括して)

いずれも改正前の刑法二四六条一項

判示第五の行為について 覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条

判示第六の行為について 覚せい剤取締法四一条の二第一項

併合罪の処理

判示第一ないし第三の各罪について

改正前の刑法四五条後段、五〇条、四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第三別表三番号2の罪の刑に法定の加重)

判示第四ないし第六の各罪について

改正前の刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第四の三の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入 改正前の刑法二一条

没収 覚せい剤取締法四一条の八第一項本文

訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(量刑の理由)

一  本件は、被告人が、紙片の束の上下を真券で挟んで作った偽の札束を、真券の札束のように装って、乙山信用組合職員のBらを騙し、自己名義等の預金口座に入金処理させ、その後、真相に気付いた右Bや自分の秘書のCと共謀して、Bに虚偽の入金処理を継続させ、約四か月間に、合計二九億五八〇〇万円相当の財産上不法の利益を取得し、また、右と同様に、偽の札束を使ってE子らを騙し、合計三億八〇〇〇万円を騙し取り、さらに、覚せい剤を使用し、これを所持していたという事案である。

二  被告人が使った偽の札束は、真券の大きさに裁断した紙片の束の上下を真券で挟み、帯封機を使用して厳重に帯封をするなど、外観からは偽の札束と識別することが困難なものであるうえ、被告人は、発覚を防ぐため、これを施錠したジュラルミンケース等に入れてBやE子らに預けるなどして、短期間に総額三二億円以上にも上る犯行を繰り返していたものであり、その犯行態様は巧妙かつ悪質である。

乙山信用組合やE子らの被害額は右のとおり巨額であるが、後記のとおり、一部被害弁償等はあるものの、その大部分が実質的には未回復であり、今後の被害弁償も確実な見通しはない。そして、同信用組合に対しては、多大な経済的損害を与えたのみならず、その社会的信用をも大きく傷つけたものであり、また、E子らは、相続した財産の多くを騙し取られており、その処罰感情が厳しいのも無理からぬところである。

被告人は、事業資金や生活費、遊興費等に当てるための多額の資金を得ようとして犯行に及んだものであり、乙山信用組合に対する犯行の途中からは、知人に資金を運用させて、同信用組合に与えた損害を補填しようとした事情があるものの、他方で、その間も、犯行によって得た金を遊興費等に浪費する生活を続けていたのであり、また、E子らに対しては、同人らが多額の相続財産を有していることを知って、犯行を企てたものであって、動機にも酌量の余地は乏しい。

そして、被告人は、判示第二及び第三の犯行では、BやCを犯行に巻き込んでいる。

さらに、被告人は、乙山信用組合に対する犯行が発覚し、かつ、覚せい剤等の事件による執行猶予中であるにもかかわらず、E子らに対する犯行に及んだばかりか、再び覚せい剤に手を出している。

以上によれば、被告人の刑事責任は重大であるといわなければならない。

三  他方、乙山信用組合に対する犯行については、Bらが現金を確認するという金融機関職員としての基本的な職務を怠り、預金として受け入れたことや、同信用組合内部の管理体制が不十分であったことが、被害額が拡大した一因ともなっていること、被告人は、同信用組合に対して、前記知人とともに、同人の関係会社が二〇億円を肩代わり返済することとし、そのための不動産の担保提供をするなど被害弁償の姿勢を示していること(ただし、右肩代わり返済や担保提供は、右会社の倒産や、担保が後順位であること、同信用組合が競落した不動産も占拠者と係争中で処分できていないことなどから、実質的な被害回復がされているとはいえない。)、E子らに対しても、一部被害弁償を行っており、被告人の財産の差押えによる被害回復と合わせて、約二〇〇〇万円の被害回復がされていること、被告人は、本件で被害者をはじめ多くの関係者に多大な迷惑をかけたことを悔いている旨述べていること、親族らが被告人の将来を心配していること、前刑の執行猶予が取り消されることなど、被告人のために酌むべき事情も認められる。

四  そこで、以上の諸事情を総合考慮し、主文の刑が相当であると判断した。

(求刑、判示第一ないし第三の各罪について懲役八年、判示第四ないし第六の各罪について懲役三年、覚せい剤の没収)

別表一~別表四《略》

(裁判長裁判官 大野市太郎 裁判官 大善文男 裁判官 染谷武宣)

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